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秋田地方裁判所大館支部 昭和48年(わ)25号 判決

主文

被告人を懲役二年に処する。

理由

(本件犯行に至るまでの事情)

被告人は父長谷川林八、母ミエの長男に生まれ、肩書住居において妻子のほか両親および祖母と生活を共にして、農業を営むかたわらブロック工として稼働している者であるが、父林八が昭和二七、八年頃博労をはじめてから、外に妾を囲つて家に生活費をいれなくなり、昭和四四年頃博労をやめて精肉店を経営しだしてからも依然として女道楽がやまず、収入はすべて自分で自由に使うだけでなく、妾のために費消した物品代の支払請求を被告人にまわすなどし、さらに酔うと家族の者に対し威張りちらす性癖があつたため、このような父親の言動を見てきた被告人は、次第に同人に対し反感を抱くに至つた。

(罪となるべき事実)

被告人は昭和四八年五月二二日午後七時二〇分頃仕事先から帰宅したところ、父林八(五九才)が自宅台所でウイスキーを飲んでおり、同人に勧められるまま台所において一緒にこれを飲んでいるうち、同人が酔いのまわるにつれ被告人やその妻タキに対し「お前達を世間に出すのは恥ずかしい。別れて暮すからお前達はこの家から出て行け」などと文句を言い出し、さらに同日午後八時三〇分頃、居間において再びタキに対して文句をならべたため被告人との間で口論となり、同人が「外に出ろ。勝負をつける。」などと怒号し、炬燵の上の灰皿を持つてタキに投げつける態度を示したので、これまで同人と喧嘩などしたことのなかつた被告人も激昂し、かねてからの反感も手伝つて父林八を腕ずくで懲しめようと決意し、同人に対して「外へ出ろ」と言い、先に立つて玄関から出た途端、同人がやにわに背後から手拳で被告人の左耳後部を一回殴打し、さらに被告人に組みついてきたため同所において取つ組合いとなるや、被告人は足払いをかけて同人を押し倒し、同人が拳大の石を拾つて立ち向つてくるところを組みついて再び押し倒し、なおも向つてくる同人の顔面を一回、左後頭部を二回いずれも右手拳で力まかせに殴打してその場に転倒させる等の暴行を加え、同人に対し左頭頸部打撲の傷害を負わせ、よつて同日午後九時三〇分、自宅において右傷害に基づく外傷性脳障礙により父林八を死亡させたが、同日午後九時五〇分頃鹿角警察署十和田派出所に出頭し、司法警察員に対して右の旨自首したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(刑法二〇五条二項の合憲性についての判断)

弁護人は、刑法二〇五条二項の尊属傷害致死罪の規定は憲法一四条一項の定める法の下における平等の原則に反し無効であるから、本件につき刑法二〇五条一項の傷害致死罪の規定を適用すべきであると主張するので、この点について検討する。

刑法二〇五条二項所定の尊属傷害致死罪は、被害者と加害者との間に存する特別な身分関係に基づき、同条一項に定める普通の傷害致死罪にあたる所為に対し、その刑を加重した所謂加重的身分犯の規定であり、合理的根拠を有しない限り、憲法一四条一項の禁止する差別的取扱いにあたるというべきである。

ところで、尊属殺人罪をめぐる同種の問題につき、最高裁判所昭和四五年(あ)第一、三一〇号昭和四八年四月四日大法廷判決があることは周知のとおりであり、その要旨は、尊属に対する尊重報恩は社会生活上の基本的道義であつて、このような普遍的倫理の維持は刑法上の保護に値するから、被害者が尊属であることを刑の加重要件とする規定を設けても、そのことから直ちにこのような差別的取扱いをもつて合理的な根拠を欠くものと断定することはできないが、尊属殺人罪の法定刑が普通殺人罪のそれと比較してあまりにも厳しく、いかに加害者に酌量すべき情状があつても、現行法上刑の執行を猶予することができないことを考えると、前記のような尊属に対する尊重報恩という普遍的倫理の維持等の視点のみをもつてしては十分な説明がつきかねるので、結局尊属殺人罪を定めた刑法二〇〇条は、合理的根拠に基づく差別的取扱いとして正当化することはできず、憲法一四条一項に違反し無効である、というにある。

而して当裁判所は右判決に賛成するものであり、そうすると、被害者が尊属であることを刑の加重要件としている尊属傷害致死罪の規定が憲法の右条項に違反するかどうかは、ひとえにその法定刑が普通の傷害致死罪のそれと比して、厳しすぎるか否かにかかるといわざるを得ない。

そこで右の点について考えるに、刑法二〇五条二項の法定刑は無期または三年以上の懲役刑であり、同条一項の法定刑が二年以上の有期懲役刑であるのと比較して、最高刑に無期懲役刑が加わつていることと有期懲役刑の下限が三年で一年重くなつていることに差異が見出されるにとどまり、その差は尊属殺人罪と普通殺人罪との間におけるほど著しくはなく、また刑法二〇五条二項の法定刑だけについてみても、量刑に際して相当幅広い裁量の余地があるとともに、減軽規定の適用をまたなくても、情状次第では刑の執行猶予が可能であつて、それ自体過酷なものとはいえない。

そうすると、刑法二〇五条一項のほかに同条二項をおいた差別的取扱いは合理的な根拠に基づくものということができ、したがつて、同条二項が憲法一四条一項に違反するとはいいがたく、この点に関する弁護人の主張は採用しない。

(正当防衛の主張に対する判断)

弁護人は本件につき正当防衛が成立すると主張し、その論拠とするところは、被害者が椅子や灰皿を持ち上げて闘争を挑発したので、被告人は家族の生命身体の安全を守るとともに家財の毀損を防止するため、被害者を外に連れ出してなだめようとして、玄関から外に出た途端、被害者から攻撃を受けたものであつて、これは急迫不正の侵害というべく、被告人としては再度の攻撃を避けるためにやむを得ず被害者に組みついて転倒させたのであるから、被告人の右行為は防衛行為とみるに妨げなく、さらに、被害者が拳大の石、即ち殺人可能な凶器を持つて被告人を攻撃しようとした段階で新たな急迫不正の侵害があつたというべく、被告人が被害者に組みついて殴打し転倒させた行為は、自己の生命身体の危険を避けるためのやむを得ないものであつて正当防衛にあたる、というにある。

よつて審按するに、被告人とその妻に対する被害者の執拗ないいがかりや攻撃的態度に激昂した被告人が、かねてからの反感も手伝つて被害者を腕ずくで懲しめようと決意し、被害者に対し「外へ出ろ」と言つたことは判示のとおりであつて、被告人としては、俗にいう売られた喧嘩を買つたものというべく、戸外で殴り合いの喧嘩になることははじめから意図したところであるから、玄関から出た途端被害者から判示のような先制攻撃を受けても、それは予期しえなかつたものではなく、いまだ「急迫」の侵害があつたということは困難である。さらに、喧嘩の途中で被害者が拳大の石を拾つて立ち向つてきたことも事実摘示のとおりであるが、拳大の石による攻撃は素手による攻撃に比して危険であるとはいえ、刀剣類等の殺人的凶器と同列に考えることはできず、しかも前掲証拠によれば、外の庭に石ころなどが散在していることは被告人において十分知つていたものと認められるから、これまた予期し得ないものではなく、この程度の新たな侵害も亦「急迫」の侵害とは認めがたい。

そうすると、喧嘩の場合にも正当防衛の成立する余地があるにしても、本件においては、その成立要件の一つである「急迫」の侵害がなかつたと認めるのが相当であるから、「急迫不正」の侵害があつたことを前提とする弁護人の主張は採用できない(なお判示認定に反する第二回公判調書中の被告人の供述記載部分は信用できない)。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二〇五条二項に該当するので、所定刑中有期懲役刑を選択し、なお被告人は自首したものであるから、同法四二条一項、六八条三号により法律上の減軽をする。そこで犯情について考えるに、本件は被害者の挑発による喧嘩の結果発生したものであつて、しかも被害者の自分勝手な生活態度がその遠因をなしており、その点被害者にも責められるべき点があること、被告人は前記のとおり犯行後まもなく自首しており、前科もなく、近隣の住民多数が被告人に対し寛大な措置を嘆願していることなど、被告人のため酌むべき点も多々存する。

しかし他面本件の喧嘩は避けられなかつたものではなく、また酒癖が悪いとはいえ、従前とくに凶暴であつたわけでもない老令期の父親と殴り合いの喧嘩をしたすえ、その生命を失わせた責任は重大であるといわざるを得ず、右のほか諸般の事情を考慮し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処する。

よつて主文のとおり判決する。

(横山武男 東孝行 山田利夫)

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